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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)57号 判決

東京都千代田区丸の内二丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

志岐守哉

訴訟代理人弁護士

尾崎英男

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

小暮与作

嶋田祐輔

涌井幸一

奥村寿一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第2720号事件について、平成元年12月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和53年12月5日、発明の名称を「カラーブラウン管」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭53-150766号)が、昭和63年11月11日に拒絶査定を受けたので、平成元年2月23日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成1年審判第2720号事件として審理したうえ、平成元年12月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成2年2月7日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

電子銃が収容された外囲器と、この外囲器の内面に設けられ、上記電子銃から発射された電子ビームの射突により発光する蛍光スクリーンと、上記電子銃と蛍光スクリーン間に配置され、多数の透孔を有する色選択電極を備え、この色選択電極の上記電子ビーム入射面に、電子ビームに対して反射率が大きく、かつ色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素よりなるものまたはそれらの元素を含有する化合物よりなる被膜を設けたことを特徴とするカラーブラウン管。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明の要旨を前項のとおりと認定し、本願発明は、本願出願前に米国内において頒布された米国特許第3885190号明細書(以下「引用例」という。)に記載された発明と実質的に同一の発明と認められるから、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない、と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、引用例発明におけるニッケルが「電子ビームに対して反射率が大きい」元素であると誤って認定した結果、本願発明と引用例発明とが実質的に同一の発明と認められるとの誤った判断に至ったものであるから、取り消されなければならない。

1  審決は、色選択電極を被覆する物質として引用例に記載されたニッケルの密度は8.90g/cm3であり、一方、色選択電極を構成する鉄の密度は7.87g/cm3であることと、本願明細書中の「電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きい」との記載から、ニッケルが「電子ビームに対して反射率が大きい」元素であると判断している。

しかし、ニッケルの密度が引用例発明の色選択電極(シャドウマスク)を構成する鉄の密度より大きいということは正しいが、本願明細書中の上記記載は、ニッケルが「電子ビームに対して反射率が大きい」元素であることの根拠にはならない。

本願発明の特許請求の範囲第1項(以下「特許請求の範囲」と略称する。)には、「電子ビームに対して反射率が大きく、かつ色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素」と記載されている。もし、色選択電極を構成する物質より密度が大きいことと電子ビームに対する反射率が大きいことが同じであるならば、特許請求の範囲の前記記述において、元素が二つの要件によって限定されている意味がないことになる。両者は別個の要件であり、ニッケルが各要件に該当するか否かは別個に検討されなければならない。

本願明細書によれば、本願発明の最も重要な技術思想が、色選択電極に衝突した電子ビームが色選択電極に与える熱エネルギーを大幅に軽減するために、電子ビームが衝突する色選択電極面に、電子ビームに対して反射率の大きな物質よりなる被膜を設けることにあることは、明らかである。すなわち、色選択電極に同電極を構成する物質よりも電子ビームに対する反射率の大きな物質よりなる被膜を設け、透孔を通過せずに同電極に衝突する電子ビームを被膜面で反射させることによって、同電極の受ける熱エネルギーを減少させる点に本願発明の技術思想の核心がある。

このような明細書の開示に基づけば、引用例のニッケルが、本願発明の要旨をなす「電子ビームに対して反射率が大きな元素よりなるもの」に該当するか否かは、ニッケルの電子ビームに対する反射率の大きさ自体から判断されるべきである。

2  元素の電子ビームに対する反射率は、測定データが文献上一般に知られており(例えば甲第7号証4頁表1)、また、原子番号の大きな元素ほど、反射率が大きいという相関関係は、電子ビームを扱う技術分野の当業者にとって技術上の常識である。

甲第7号証表1に示されているように、鉄(原子番号26)の反射率は0.33であり、ニッケル(同28)のそれは0.34、クロム(同24)のそれは0.32であって、これらの元素が「電子ビームに対して反射率が大きい」元素でないことは、これらの元素より原子番号が大きく、したがって反射率の大きい元素が多数存在することから明らかである。

本願発明では、鉄製の色選択電極よりも電子ビームに対する反射を増大させるために反射率の大きな元素からなる被膜を設けるものであるのに、引用例の色選択電極のように、電子ビームに対する反射率が鉄とほとんど同じであるニッケルの被膜を設けたものでは、被膜がない場合と比べて電子ビームの反射に実質的差異がないから、引用例発明では、本願発明の目的、作用効果は達成されない。

このように、ニッケルは、甲第7号証表1の諸元素全体との比較においても、また、本願発明の目的、作用効果に照らしても、電子ビームに対する反射率の大きい元素ということはできない。

3  審決がその認定判断の根拠とした「電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きい」との本願明細書の記載は、反射率と密度との間の厳密な関係を述べたものではない。

本願発明の技術思想は、電子ビームに対する反射率の大きな物質を用いることにあり、その選択の目安として色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素であることが挙げられ、発明の構成要件とされているが、それ以上のものではなく、まして密度の大きな物質は反射率が必ず高いと述べている訳でもない。本願明細書中で電子ビームに対する反射率が高い元素として具体的に挙げられている元素の密度は、モリブデン10.28、鉛11.34、ビスマス9.80、タンタル16.6、タングステン19.3、レニウム21.0、白金21.4であり鉄の7.87に比べて相当大きい(甲第8号証20頁「固体の密度」)。本願明細書中の前記の記述はこのような関係を述べているにすぎない。

実際の反射率と密度の関係は、客観的なデータ(甲第7号証表1と甲第8号証「固体の密度」)の比較から導き出される客観的な事実である。そのような事実が明細書の記述の表現の仕方で変わるはずはない。

特許請求の範囲に用いられた「反射率が大きい」という表現は、その文言自体の意味から、「反射率が小さいものや中程度のもの」は含まないのである。被告は、「反射率が大きい」という表現が不明確であるかのようにいうが、ここでの問題は、反射率0.34のニッケルは「反射率が大きい」か否かという答えの明白な問題である。0.34という数値は、反射率が大きいことを示してはいないのである。被告が引用した明細書の記載が明示的に言葉の定義を示しているものでないときに、反射率の大きくないニッケルが前記のような記載によって反射率の大きい元素にされてしまうことは、被告の明細書解釈の不自然さを物語っている。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  本願発明の「被膜」を構成する元素が、特許請求の範囲に記載されている「電子ビームに対して反射率が大きく」かっ「色選択電極を構成する物質より密度の大きな」という二つの別個の要件によって限定されていることは、原告主張のとおりである。

この前者の要件に関して、特許請求の範囲には、その余の記載はないから、どの程度の反射率をもって「大きい」とするのかは、特許請求の範囲の記載のみによっては明定できない。そこで、本願明細書の発明の詳細な説明を見ると、上記反射率の大きさに関しては、「一般にシャドウマスクは鉄板よりなり、また、電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きいので、被膜としては、鉄よりも密度の大きな元素よりなるもの、またはそれらの元素を含有する化合物よりなるものが適当である。」(甲第3号証4欄5~10行)とする記述があるのみである。

したがって、この記述に従えば、特許請求の範囲でいう「電子ビームに対して反射率が大きい」とは、物質の密度を目安として「鉄よりも密度の大きな元素よりなるもの」の有する反射率をもって「反射率が大きい」としていると解すべきである。

そこで、審決は、色選択電極を被覆する物質として引用例に記載されたニッケルの密度は8.90g/cm3であり、一方、色選択電極を構成する鉄の密度は7.87g/cm3であることから、ニッケルが「色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素」にあたることを指摘するとともに、本願明細書では物質の密度を目安に反射率の大きさを見ていることを本願明細書の「電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きい」との記載を引用して示し、その結果、ニッケルが本願明細書の特許請求の範囲でいう「電子ビームに対して反射率が大きい」元素に当たることを説示しており、審決のこの認定に誤りはない。

2  本願発明の技術思想の核心が原告主張の点にあること、引用例のニッケルが本願発明の「電子ビームに対して反射率が大きい」元素に該当するか否かは、ニッケルの電子ビームに対する反射率の大きさ自体から判断されるべきとの原告の主張は、認める。

この見地からしても、鉄(原子番号26)の反射率は0.33、ニッケル(原子番号28)のそれは0.34であるから、ニッケルは鉄より「電子ビームに対して反射率が大きい」元素であることは、明らかである。

原告は、ニッケルより反射率の大きい元素が多数存在するから、ニッケルは反射率の大きい元素に当たらない旨主張するが、その考えに従えば、反射率の最大の元素以外は反射率の大きい元素ということができないことになる。

ニッケルの電子ビームに対する反射率は鉄の反射率に比べて、僅かであっても大きいから、鉄製の色選択電極の電子ビーム入射面にニッケル被膜を設けたものは、その被膜を設けないものと比べて多くの電子ビームの反射が可能となり、本願発明の作用効果を達成することができるはずである。もっとも、両者の反射率の差は小さいから、その作用効果は大きなものとはいえないが、本願明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、このような小さな作用効果を奏する構成をも包含しているのであって、作用効果が小さいから本願発明に含まれないとする原告の主張は本末転倒の議論である。

また、本願発明の要旨には、色識別電極に設ける被膜の材料として、「電子ビームに対して反射率が大きく、かつ色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素」または「それらの元素を有する化合物」を用いることが明示されている。この後者の化合物では、「それらの元素」と化合する元素につき、特段の限定はされていないから、それが「反射率が小さい元素」の場合もありうる。したがって、「それらの元素」と「反射率が小さい元素」の化合物よりなる被膜の電子ビームの反射率は、前者の「電子ビームに対して反射率が大きく、かつ色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素」からなる被膜に比べて低下し、その作用効果も小さなものとなる。このような発明を発明の要旨として包含しながら、一方において、作用効果の大きいものだけが、本願発明の範囲に含まれるとする原告の主張は、片手落ちの議論である。

3  本願明細書の発明の詳細な説明の「電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きい」という記載は、その後に続く「被膜としては、鉄よりも密度の大きな元素よりなるもの、またはそれらの元素を含有する化合物よりなるものが適当である。」という記載とともに、本願発明の被膜に使用する元素の範囲を示していると見るべきものである。

もしも、原告の主張するように、鉄に比べて相当大きい反射率の物質について述べたのであれば、「鉄よりも密度の大きな元素よりなるもの・・・が適当である。」という表現にはならないはずである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については(甲第4号証は原本の存在とも)、当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願発明の「被膜」を構成する元素が、特許請求の範囲に記載されている「電子ビームに対して反射率が大きく」かつ「色選択電極を構成する物質より密度の大きな」という二つの別個の要件によって限定されていることは、当事者間に争いがない。

この二つの要件のうちの後者の要件に、引用例発明のニッケルが該当することは、原告の自認するところである。

2  そこで、引用例発明のニッケルが、前者の要件すなわち「電子ビームに対して反射率が大きい」元素に該当するか否かについて検討する。

(1)  まず、前示当事者間に争いのない本願発明の要旨(特許請求の範囲)を見ると、何をもって電子ビームに対して反射率が大きいと判断すべきかの基準は示されていないことが、明らかである。

(2)  次に、甲第3号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の目的として、「電子ビームが衝突する色選択電極面に、電子ビームに対して反射率の大きな物質よりなる被膜を設けることにより、色選択電極に衝突した電子ビームのもつエネルギの大部分を、反射して行く電子に持ち去らせるようにして、色選択電極に衝突した電子ビームが色選択電極に与える熱エネルギを大幅に軽減させ、色選択電極の熱膨張による画像の色ずれを防止するようにしたカラーブラウン管を提供することを目的とする。」(同号証3欄19~28行)との記載があることが認められ、この記載を含めた本願明細書の記載に基づけば、原告の主張するとおり、本願発明の最も重要な技術思想が、色選択電極に衝突した電子ビームが色選択電極に与える熱エネルギーを大幅に軽減するために、電子ビームが衝突する色選択電極面に、電子ビームに対して反射率の大きな物質よりなる被膜を設けることにあること、すなわち、色選択電極に同電極を構成する物質よりも電子ビームに対する反射率の大きな物質よりなる被膜を設け、透孔を通過せずに同電極に衝突する電子ビームを被膜面で反射させることによって、同電極の受ける熱エネルギーを減少させる点に本願発明の技術思想の核心があるということができ、この点は当事者間に争いがない。

この事実によれば、色選択電極を構成する物質よりも電子ビームに対する反射率の大きな物質が、本願発明の「電子ビームに対して反射率の大きく」の要件に該当するものと理解してよいことが明らかである。

(3)  この色選択電極を構成する物質よりも電子ビームに対する反射率の大きな物質につき、本願明細書の発明の詳細な説明を見ると、「この発明は、シャドウマスク3の電子ビーム入射面に電子ビーム反射被膜6を設けたことが特徴であり、被膜6としては、衝突してくる電子をよく反射する物質からなるものが適当である。一般に、シャドウマスク3は鉄板よりなり、また、電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きいので、被膜6としては、鉄よりも密度の大きな元素よりなるもの、またはそれらの元素を含有する化合物よりなるものが適当である。」(同号証4欄1~10行)との記載があることが認められる。

この記載による限り、本願発明においては、シャドウマスク(色選択電極)を構成する「鉄よりも密度の大きな元素」よりなる被膜をもって、「衝突してくる電子をよく反射する物質からなるもの」としていることが明らかである。すなわち、上記記載は、「鉄よりも密度の大きな元素」の電子ビームに対する反射率をもって、前示本願発明の要件の一つである「電子ビームに対して反射率が大きく」と判断すべきことを示しているものと解するのが相当である。本願明細書中に、この解釈を覆すに足りる記載は、見当たらない。

(4)  そして、本願発明及び引用例発明の色選択電極を構成する鉄の密度が7.87g/cm3であり、引用例発明の被膜を構成するニッケルの密度が8.90g/cm3であること、また、鉄の電子ビームに対する反射率が0.33であり、ニッケルのそれが0.34であることは、いずれも当事者間に争いがないから、上記の検討に照らせば、ニッケルをもって、本願発明における電子ビームに対して反射率が大きい元素に該当するというべきである。

(5)  また、前記甲第7号証によれば、その表1(4頁)には、59種類の元素の電子ビームに対する反射率が示されているところ、その絶対値は最小のリチウムの0.07から最高のビスマス、鉛等6種類の元素の0.45までに及び、反射率の値が同じものを1階級として数えると24階級に分けられること、ニッケルの電子ビームに対する反射率0.34は、最小の0.07から最高の0.45までの幅の中では中間値をはるかに上回り、24階級の中では大きい方から10番目であり中位以上にあることが認められるから、客観的に見ても、ニッケルが電子ビームに対する反射率の大きいものの範疇に入るとして、決して不自然ではない。

(6)  以上であるから、引用例発明におけるニッケルが「電子ビームに対して反射率が大きい」元素であるとの本件審決の認定に誤りはない。

3(1)  原告は、色選択電極を構成する物質より密度が大きいことと電子ビームに対する反射率が大きいことは同じであるならば、特許請求の範囲において、被膜を構成する元素が前示二つの要件によって限定されている意味がないことになることを理由に、審決の認定を非難する。

しかし、甲第7号証によって認められる各元素の電子ビームに対する反射率(同号証4頁表1)と甲第8号証によって認められる各元素の密度とを対比すると、元素の密度の大小と電子ビームに対する反射率の大小の間には、必ずしも「電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きい」という関係がないことが明らかであるから、これを別個の要件とすることは意味のあることであるし、他方、上記証拠によれば、鉄よりも密度の大きい元素の電子ビームに対する反射率は、コバルトが鉄と同等である以外は全て鉄より大きい関係にあることが認められるから、本願明細書の発明の詳細な説明において、前示のとおり「一般にシャドウマスク3は鉄板よりなり、また、電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きいので、被膜6としては、鉄よりも密度の大きな元素よりなるもの、またはそれらの元素を含有する化合物よりなるものが適当である。」と記載することは、鉄よりも電子ビームに対する反射率の大きい元素を概括的に説明する記載として、不適切ということはできない。

したがって、原告の非難は当たらない。

(2)  原告は、ニッケルの被膜では、被膜がない場合と比べて電子ビームの反射に実質的差異がないから、引用例発明では、本願発明の目的、作用効果は達成されない旨主張する。

確かに、本願明細書の発明の詳細な説明には、被膜を構成する物質につき、「たとえば、被膜6は、モリブデン、鉛、ビスマス、タンタル、タングステン、レニウム、白金などの元素からなる金属、または酸化タンタル、酸化タングステン、炭化タンタル、炭化タングステン、窒化タンタル、窒化タングステンなどの化合物よりなるものを適当な厚さ、たとえば約10ミクロンメータに形成すればよい。」(甲第3号証4欄10~17行)との記載があり、甲第7号証によれば、これら各元素の電子ビームの反射率は、モリブデン0.38、鉛0.45、ビスマス0.45、タンタル0.43、タングステン0.43、レニウム0.43(元素記号「Rc」は、原子番号75に照らし、「Re」の誤記と認める。)、白金0.43であることが認められるから、本願発明においては、反射率0.38のモリブデン及びこれより大きな反射率を持つ物質が被膜を構成する物質として適当なものと考えられていたことが認められる。

しかしながら、これらは、あくまでも適当なものの例示にすぎないことは、本願明細書の上記記載自体から明らかであるうえ、鉄よりも反射率が大きく、モリブデンより反射率の小さい物質を、本願発明の範囲外とするべき要件が、本願発明の特許請求の範囲に記載されていない以上、上記記載をもって、反射率0.34のニッケルを、本願発明の「電子ビームに対して反射率の大きい」元素に当たらないとすることはできない。

そして、ニッケルの電子ビームに対する反射率0.34は、鉄の反射率0.33と比べて、僅かであっても大きいから、鉄製の色選択電極の電子ビーム入射面にニッケル被膜を設けたものは、その被膜を設けないものと比べて多くの電子ビームの反射が可能となり、本願発明の作用効果を達成することができると認められる。もっとも、ニッケルと鉄の反射率の差は小さいから、右の作用効果は大きなものとはいえないが、上記のとおり、本願発明は、このような小さな作用効果を奏する構成をも包含しているのものと解するほかはない。

原告の主張は理由がない。

(3)  その余の原告の主張は、前示説示に照らし、いずれも採用できず、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

4  よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

平成1年審判第2720号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

請求人 三菱電機株式会社

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号 三菱電機株式会社内

代理人弁理士 大岩増雄

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号 三菱電機株式会社特許部

代理人弁理士 高田守

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号 三菱電機株式会社

代理人弁理士 竹中岑生

昭和53年特許願第150766号「カラーブラウン管」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年3月3日出願公告、特公昭61- 6969)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ. 本願は、昭和53年12月5日に出願され、昭和61年3月3日に出願公告されたが、特許異議の申立があり、同異議の申立の理由により拒絶査定されたものであって、その発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲1に記載された次のとおりのものと認める。

「電子銃が収容された外囲器と、この外囲器の内面に設けられ、上記電子銃から発射された電子ビームの射突により発光する蛍光スクリーンと、上記電子銃と蛍光スクリーン間に配置され、多数の透孔を有する色選択電極を備え、この色選択電極の上記電子ビーム入射面に、電子ビームに対して反射率が大きく、かつ色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素よりなるものまたはそれらの元素を含有する化合物よりなる被膜を設けたことを特徴とするカラーブラウン管。」

Ⅱ. 一方、原査定の拒絶理由に援用された特許異議の決定の理由において引用した、本願の出願前米国内において頒布された甲第1号証刊行物(米国特許第3885190号明細書)には、

「電子銃が収容された外囲器と、この外囲器の内面に設けられ、上記電子銃から発射された電子ビームの射突により発光する蛍光スクリーンと、上記電子銃と蛍光スクリーン間に配置され、多数の透光を有する鉄板よりなる色選択電極とを備え、この色選択電極の上記電子ビーム入射面に、ニッケルの被膜を設けたカラーブラウン管」

が記載されている。

Ⅲ. 本発明と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、

イ. 色選択電極の電子ビーム入射面に設ける被膜物質として、本発明では、「電子ビームに対して反射率が大きく、かつ色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素よりなるものまたはそれらの元素を含有する化合物」を用いるのに対し、甲第1号証の発明では、ニッケルを用いる点、

で一応相違しているが、その他の点では、両者は共通しているものと認められる。

Ⅳ. そこで、上記イの点について検討する。

色選択電極を被覆する物質として甲第1号証に記載されたニッケルの密度は8.90g/cm3であり、一方、色選択電極を構成する鉄の密度は7.87g/cm3である(必要があれば、日本金属学会外編「鉄鋼材科便覧」p1414~1416(昭和42年6月30日、丸善株式会社)参照)から、上記ニッケルは「色選択電極を構成する物質より密度の大きな元素」に相当している。

また、本願明細書には「電子ビームに対する反射率は、密度の大きな物質ほど大きい」(明細書第6頁第4~6行)ことが記載されているから、上記ニッケルが「電子ビームに対して反射率が大きい」元素であることも明らかである。

したがって、甲第1号証において被膜物質として用いているニッケルは、本発明の規定する被膜物質に該当するものであるから、上記イの点には実質的な相違を認めることができない。

Ⅴ. 以上のとおりであるから、本発明は上記甲第1号証刊行物に記載された発明と実質的に同一の発明と認められるから特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。(なお、前記特許異議の申立の理由の中で、本発明が上記甲第1号証刊行物に記載された発明と実質的に同一である旨の主張がなされている(特許異議申立理由補充書第2頁第18~20行)から、本発明が特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由を改めて通知することは行わない。)

よって、結論のとおり審決する。

平成1年12月21日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁番判官 (略)

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